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あさひん日記

高校生の趣味ブログ。1日1記事目標。時間も気にせずゆっくりしていってね(*‘∀‘)

他人の顔に「×」がつく心情、聲の形の主人公と私

9月17日公開だった「聲の形(こえのかたち)」を見てきました。

でも、映画全体のレビューは上手な人にお任せします~

私はその中でも気になった「主人公の他人の見え方」について、書こうと思います!

 

 

((注意))

以下ネタバレを含みます。

 

 

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引用:予告 | 映画『聲の形』公式サイト

 

映画にこんな場面が何度も出てくる。

他人の顔に「×」のシールが付いたり剥がれたりするシーン。

 主人公は、クラスメイトや他人を画像のように見ている。

 

主人公は人の顔を見ず、下を見て歩く方が楽だと言う。

私もそうだ、同じじゃないか、そこに一番共感した。

共感するところ、そこじゃないかもしれないけれど。

 

 

人の顔を見ると、被害妄想がやまないのは私だけだろうか。

(あの二人、こっち向いて笑ってる。私のこと笑ってるんだろうな。)

(あの集団、向こうに行っちゃった。避けられた。)

顔を見てしまうと、その人がどんな表情で何をしていようが関係ない。

映画を見ていて、主人公と私を重ねてしまった。

 

映画が進んでいくうちに、「×」は剥がれていく。

でも、一度はがれた「×」でももう一度貼られてしまうこともある。

気持ちに波や迷いが出てくる。

その気持ち、よく分かる。

 

私もたまに、関わったことのない人を見えないようにしてしまうことがある。

頭の中で勝手に他人の顔を黒く塗りつぶしたり、存在を透明人間にしてしまったり。

見たくない、見ないで。

そうすると、かなり楽なのだ。

無駄なエネルギーを消費しなくて済む。

 

でもね、そうしてると少し寂しいの。

優しさ、温かさが欲しくなるのね。

 

主人公は顔を上げた。

全ての「×」が剥がれた。

見方が変わった。

世界が変わった。

 

 きっちり完結しない終わりにモヤモヤしつつ、最後はすっかり引き込まれてしまった。

 

 

多分この文章だけじゃ、全く「聲の形」の魅力が伝わらない…

ひとりごとになってしまったな~

 個人的に、外に出したかったから良かったんだけどねw

 

気になった人は、見に行った方がいいです。

本当は私、京都アニメーションの絵が大好きで映像を見に行ったんです(;´∀`)

いやー素敵でした。

 

あと、結弦くん可愛い…!

 

 

ではでは、

あさひでした~(*‘∀‘)