あさひん日記

時間も気にせずゆっくりしていってね(*‘∀‘)

ガラケーを人前で使うのが恥ずかしい? いや、むしろカッコいいでしょ…( ・´ー・`)

 
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私が感じてきた、ガラケーに対する周りからの扱い

 ガラケーを使ってきて早十数年…。携帯を持つのは学年一早かっただろうし、そしてまた、学年一長くガラケーを愛用しているのも私だろう。

 現在は、ガラケーと契約していないアンドロイドの2台持ちで、ガラケーは携帯電話、スマホは小さなパソコンとして使っているが、メインはガラケーである。そして妹も私と同じ状況なのだが、妹はそれが恥ずかしいらしい*1私は、会社携帯とプライベート携帯を使い分けるサラリーマンのようでむしろかっこいいと思っており、たまに机に2台を自慢するかのごとく、そっと置いておくことがあるほどなのだが、やはり中高生というのは周りと同じようにしておきたい年頃なんだろうか。妹は、ガラケーを隠すように使っている。

 しかし、ガラケーが笑われる時代はもう過ぎた。「まだガラケーなの?」と若干見下し交じりに言われていたあの一言も、3年前に消えた。時代が変わったのか、ガラケーを使っている人がほとんどいなくなり、ガラケーに希少価値が付き始めたからなのかは分からないが。

 そして今は、世の中に存在する多種多様な端末機器、ガジェットの中から自分に合ったものをチョイスし、自分らしく上手く使いこなす時代だと感じる。少し前までは何の知識もない素人も全力で新しいものに飛びつき、一世代に世代古い機種を見て謎の優越感に浸っていた感があったが、最近はそんな雰囲気を感じない。*2

 

スマホを持っているのが当たり前?

 先月、母と大型ショッピングセンターにブラウスを買いに行った時「メルマガ登録をすると初回のみ20%オフになる」とレジの店員さんが母に言った。しかし、母はガラケーを使っているため「登録するのに時間がかかるからしない」と断った。すると、レジの店員は私を見てきた。「あなたは当然スマホを持っているよね?」と言わんばかりの顔に、かなりイラっときた。

 結果として、外ではインターネットが使えないため断ったのだが、その出来事から、一般人にとってスマートフォンを契約し外出先でインターネットが使えるのはもはや当たり前であり、また、何の疑いもなく自分以外の他人もそうであると思い込んでいる、ということを思い出した。

 確かにスマホ…というかインターネットに接続できる機械を持っていない人や、外でインターネットを使えない人は少数派だが、しかし世の中には私以外にもそういう立場の人は、いないことはないはずだ。必要がないのだから買わないのは当然、というのが私の立場からの言い分である。

 

スマホもいいが、ガラケーもいいぞ

 最近ではスマートフォンの多機能さに疲れ、ガラケーに機種を変更する人もいるくらいだ。その理由として、「携帯料金を安くしたい」「機能が多すぎて使いこなせない」などがあるが、個人的には「スマホに費やす時間を減らしたい」というのが、ガラケーに変える一番大きなメリットだと思う。LINEはショートメールと違って、必要なことを連絡するだけでなく会話もするため、必然的にスマホを使う時間は長くなってしまうし、Twitterは何故か時間が溶けていく。

 ならば、LINEやTwitterをできなくしてしまえばいいじゃないか…という訳だ。さすがに、完全に使わなくするというのは生活に支障が出るかもしれないが、外出先では使わない…くらいなら、適度にインターネットから離れられていいのではないだろうか。因みにガラケーをさわる頻度は、1日1回程度だ。電話には気付くようにしてあるが、久しぶりに電源を入れたら電池が切れていた…なんてこともあるほど使わない。連絡の頻度は、むしろそのくらいの方がちょうどいいのでは…(笑)

 

さいごに

 …と、こんな話をすると、完全にスマートフォン反対派のように聞こえるかもしれないが、私はお家では長時間インターネットに浸っているようなタイプである。だからこそ、外出先でまでインターネットが使えるとまずいのだ。一日中、LINEやTwitter、ネットサーフィンをしかねない。そんな生活になると何がまずいか、というと「成績」である。だから、お家とfreeWi-Fiがあるスポットでしかインターネットが使えない、少し不便で便利な今の生活はそれなりに気に入っているのだ。だから私は、周りの子に「まだガラケーなの?」と馬鹿にされようが、LINEのグループにリアルタイムでついていけなかろうが、今日も電車でドヤ顔でショートメールの返信をする。ガラケーは無駄なくスマートで、かっこいいんだから

*1:iPhoneじゃないことすらも恥ずかしいらしい

*2:そもそもアイフォンのような高額なものが簡単に手に入る方が異常だと感じる。